ながつま昭 × 福島清彦立教大教授 ヨーロッパ型資本主義と日本の行く末を徹底討論
1944年生まれ。立教大学教授。一橋大学大学院経済学研究科修了。国際経済論専攻。野村総合研究所ワシントン事務所長、同ヨーロッパ事務所長を歴任。現在は同社主席エコノミスト。
著書に『太平洋の時代』(東洋経済新報社)、『日米欧世界』(筑摩書房)、『暴走する市場原理主義』(ダイヤモンド社)、『アメリカのグローバル化戦略』(講談社現代新書)、『ヨーロッパ型資本主義』(講談社現代新書)など。高橋亀吉賞及び大来佐武郎記念賞受賞。
海外の経験が長く、社会保障から経済問題、教育問題まで幅広く造詣が深い福島先生と、ながつま昭の対談をお読みください
資本主義VS資本主義の時代
長妻昭) 本日はお目にかかることができて光栄です。ありがとうございます。福島先生がご著作の中でご指摘しているように、日本の人的資本はまだまだ向上する余地があります。その点で日本は余力があります。GDPの経済成長率一辺倒でなく、人的資本という観点から評価する必要があります。福島先生も超GDPの発想を強調されています。
先生のご著作の『ヨーロッパ型資本主義』(講談社現代新書)では、世界のテロの原因が貧困・格差にあることを明確に示されています。世界の貧困・格差問題がテロの温床を広げ、日本の貧困・格差問題が社会の安定化や成長の基盤を崩していると考えます。
先生がお示しされているように、「社会主義対資本主義」という対立軸の時代は過去のものとなり、「資本主義対資本主義」、つまり、「ヨーロッパ型資本主義対アメリカ型資本主義」の時代になっていると思います。
ヨーロッパは多様な価値観のもとで人への投資である格差対策と市場の役割分担を調和させる努力をしており、日本もヨーロッパ型の資本主義を参考に、日本型資本主義を目指すべきだと考えています。現在の政権は、新自由主義的なアメリカ型資本主義に回帰しているように思えます。
民主党政権では社会的包摂といったことを打ち出し、格差是正・貧困対策は社会のお荷物ではなく、結果として経済成長の基盤となるとの考えで政策を進めて参りました。
福島先生)私はヨーロッパとアメリカに長期間滞在し、様々な角度から経済・社会を見つめてきました。例えば、レーガン時代のアメリカは、社会保障をどんどん削減していった社会実験のようなものでした。一方でヨーロッパをみると、アメリカに対する健全な批判を通じて社会を作り上げてきていました。
ヨーロッパ人は親戚の内、ひとりくらいはアメリカに住んでいる人がいるので、そういった点でも情報があり、アメリカ社会を批判的に分析していたようです。
アメリカでは特に共和党の右派は「貧しい人を助けるにはもっと自分が稼ぐのがいいのだ」といった考えで暮らしています。
ヨーロッパは消費税率が高いことからわかるように、国民全体で社会を支えていこうといった考えがあります。アメリカとヨーロッパでは社会の作り方が違うのです。
ヨーロッパ人は社会主義を生み出し、それを社会民主主義に発展継承したことに誇りを持っているように見受けられます。デンマークやスウェーデンがEUには加盟していてもユーロに入らないのは、ユーロに加盟してグローバル統合が更に進むと、財政的な主権を手放さなければならないと考えているからなのです。
ブリュッセル(EU本部)の指令で財政統合されたら、自分たちが長年努力して作り上げた福祉国家が破壊されるからかなわないといった意識があります。
日本は人的資本が世界一
長妻昭)福島先生が著作のなかで日本は人的資本が世界一とされていることにはどのようなお考えがあるのでしょうか
福島先生)基本的に国民が受けた教育年数が基準となっています。何らかの教育を授かった人が多くいる、といった指標です。
EUでは大卒の割合を30%から40%にしようとしています。日本では、すでに大学進学率は50%に達しています。
人的資本というのは毎年その人の持っている能力が向上していくことが前提です。
長妻昭)日本では親の年収で大学進学率が違います。年収400万円以下は30%、1000万以上は60%です。日本はこれからどうすべきだと思われますか。
福島先生)奨学金を充実するのが第一です。無償の奨学金を増やさねばなりません。
教育にかけるお金はGDP比3.5%程度です。先進国では最低の水準で、もっと増やすべきです。
成長戦略には教育の充実といった項目が多少入っているようですが、もっと大学進学率を高めるべきです。
教育にもっと投資を
長妻昭) 我が国の累積赤字が1000兆円を越えるなかで、教育のための投資について、どう考えておられますか。
福島先生)小泉政権から「政府支出の増大は悪だ」という思い込みがあります。人的資本に金をかけるのは社会全体の投資だという意識で進めなければなりません。
同じ仕事でも、高学歴の方が生産性が高いことは明らかです。高学歴の人を増やすために低所得の人が大学に行けるようにしなければなりません。
安倍総理は、グローバル化に対応するスーパー・グローバル大学、スーパー・グローバル・ハイスクールを作るのだと「成長戦略」の中ではっきり言っています。ただし、今の役人に東京大学をゼロから作れと言ってもつくれないように、道は険しいです。安倍さんがしきりに連呼する「スーパー・グローバル」という構想を実行しなければならなくなったので、既存の大学から30大学を選び、グローバル化に対応する教育をした大学に補助金を出すことにしました。
長妻昭)日本では以前はヨーロッパ先進国にも数多く留学し、多くのことを学んだものでしたが、昨今は留学というとアメリカに偏っているように思えます。アメリカの影響が強くなっている印象がありますが先生のご経験からみてこの点は如何でしょうか。
福島先生)確かにアメリカの影響は大きいです。
多様な教育を受けさせるためにも留学も多様化するべきです。そして、教育投資の為にも消費税は税率を上げるべきです。
長妻昭)消費税の話がでましたが、民主党は消費税を5%から10%に上げる分は、すべて社会保障のために充当する方針です。教育の充実については今後の重要な検討課題です。
福島先生) 内閣府のシンポジウムに出席していたジェフリー・サックス(コロンビア大学教授)は、日本について、これだけ高齢化が進んでいるのに、消費税が上がらないのはおかしいと言っていました。スティグリッツも同じようなことを言っています。デンマークをはじめ北欧諸国の消費税率は25%です。これくらいは行くべきです。
長妻昭)日本の大学進学率は50%というレベルですが、日米の教育で違う点はどこでしょうか
福島先生)アメリカのエリートはとにかくよく勉強します。アメリカの大学では一年ごとに退学者がでます。入学者の60%しか卒業しないといったデータもあります。
長妻昭)日本ではいったん大学に入学したら、たいして勉強しなくても卒業できるのが普通です。量だけでなく、質的にもレベルの高い人材を育てるには、卒業についてもっと厳しくしていくべきでしょう。
長妻昭)財政の話に戻りますが、日本の財政で、ここはカットした方がよいといった部分はありますか
福島先生)特にこの部分といったことはありませんが、野村総研に在籍していた時、政府からの委託事業を受けたら、毎年同じ内容の委託が来るようになったということがありました。
毎年調べる必要があるように思えない内容でしたので、予算がついたから毎年ルーチンで発注しているという感じでした。こういうのは無駄だと思います。
日本の格差は限界になりつつある
長妻昭)日本の格差について、民主党政権以前には、あまり説明されていませんでしたが、私が厚生労働大臣の時に、初めて相対的貧困率の数値を発表しました。先進国の中では米国に次いで格差が大きいことがわかりました。私は日本の格差は限界にきていると思いますが、どうですか
福島先生)そのとおりです。ジニ係数が0.4を超えると社会不安が高まり、暴動などが起きやすいと言われています。しかし、日本は非正規雇用を増やして失業率の上昇を抑えている。だから問題が表面化しないだけで、深刻な状況にあると思います。
長妻昭)非正規雇用の人などは、年金や健康保険で十分に保護されていないという問題もあります。
福島先生) 国民年金にも健康保険にも入れない人が大勢います。就労中でも非正規で給料が少ない人でも加入できる制度にするようにする必要があります。
給与がある水準以下の人には、政府が国民年金や国民健康保険の一定程度を補助するという制度があってもよいと思います。
ヨーロッパの制度を参考にした雇用制度の確立を
長妻昭)民主党では職業訓練を前提に生活費を支給する求職者支援制度をつくって、生活保護の前のセーフティーネットを作りました。
福島先生)この点ではデンマークが進んでいます。
失業手当をもらっている間に次の仕事に就くための職業訓練を受けなければならない制度になっています。職業訓練を受けた実績に基づいて、デンマークでは失業中の者は仕事のオファーが来たら受けなければならないことになっています。訓練を受けた成果が出た以上、とりあえず働かないとダメなのです。フレキシキュリティと呼んでいます。
つまり、雇用の弾力性(企業はかなり自由に従業員を解雇できる)代わりに、失業した人は収入の安定性(セキュリティ)も保障される。フレキシビリティとセキュリティを両方持つ制度だとフレキシキュリティと呼ばれています。これを日本でも広げるべきです。
「第三の道」と「大きな社会」 「社会関係資本」の充実を
長妻昭)かつて英国労働党のブレアが掲げた第三の道、つまり旧来の労働党の社会民主主義路線に、新自由主義的経済路線を部分的に取り入れた政治路線についてどう思いますか
福島先生)第三の道はアンソニー・ギデンズ(ロンドン大学教授)が提唱して、イギリスではブレア首相、アメリカではクリントン大統領が積極的でした。
クリントンは、第三の道会議を開いてイギリスと一緒に第三の道の検討をしていたくらいです。
ただ、ブレアの後継者のブラウンは第三の道とは違います。オバマはもっと違う。
オバマはクリントンの右寄りの社民主義は受け入れていない。市場原理主義も否定しているし、国有化も否定しています。
ブレアは、これからは条件整備国家を作るべきだと言っています。現在のキャメロン首相はビッグ・ソサエティを提唱していますが、大きい政府ではなくてボランティアが支える社会といったことができるのかどうか疑問です。
長妻昭)民主党の新しい公共では政府を肥大化しないで、公共を担う担い手を育成することを考えています。
福島先生)新しい公共といわれても多くの人はピンとこないのではないでしょうか。
結局は人的資本の整備が大事になります。個々人の水準を高めていくべきです。
格差の広がりが一番社会関係資本を破壊していきます。
100万の年収のひとと1000万の年収のひとでは、つきあっている友達も違うし、社会的な信用も違います。
社会関係資本とは人と人とのつながりそのものです。この環境をつくっていくのが政府の役割です。
長妻昭)民主党が目指す、「格差が小さく、すべての人に居場所と出番をつくる社会」という文言は私も自分のポスターに使っていますが、この言葉についてはどう思いますか。
福島先生)わかりやすくていいんじゃないですか。この社会をめざすと、幸福度が増していくといった社会が望ましいと思います。
スティグリッツは「well-being」といっているが、それを直訳した「福利厚生」はあまりになじみがない言葉なので、いい訳語を探しています。
長妻昭)さきごろ、国王夫妻が訪日されたブータンでは、GNH(国民総幸福量)と言う指標を使っていると聞きました。また、フランスではサルコジ前大統領の時にGNPに代わる新しい指標の検討に入ったとのことですが、この点について世界の動きはどうですか。
福島先生)OECDでは社会関係資本などを含めた、従来の経済指標とは違う統計指標の整備を進めています。
長妻昭)本日はたくさんの有益なお話をありがとうございました。